基礎・臨床研究
basic & clinical research

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外傷モデルの開発と外傷による多臓器不全発症のメカニズムの解明、治療開発

 外傷学は奥が深いです。損傷を受けた局所的な臓器のみの障害に留まらず,直接的な損傷を受けていない多臓器が機能不全状態に陥ることが,臨床的にしばしば経験されます。どうしてそんなことが起きるのでしょうか?

クラッシュ症候群の病態解明と治療法開発

 我々は,外傷モデルとして,ラットのクラッシュ損傷モデルを独自に開発してきました。クラッシュ症候群は,地震などの災害で,倒れた物に体が挟まれ,救出後に多臓器不全に陥る病態です。挫滅した筋肉から血液中に出てくるカリウムによる不整脈,ミオグロビン等による腎不全を回避しても,多臓器不全を併発する症例が存在します。我々のクラッシュ損傷モデルを解析したところ,局所的な下肢の圧迫損傷により,急性肺障害を来たすことが明らかとなりました。この病態に,血管内皮細胞障害が関与していることを示唆しました。血管内皮に保護的に働くトロンボモジュリン,ATIIIの投与が,クラッシュ症候群の生存率を改善することも明らかにしました。さらに,外傷における全身侵襲の解析,多臓器不全への移行を回避する新たな治療法の開発を推進しています。

第一次爆傷で生じる呼吸・循環変動のメカニズム解明と治療法の開発

 爆発外傷(爆傷)は紛争やテロが続く現在、決して特殊な外傷であるとは言えません。米国の災害医療講習(National Disaster Life Support : NDLS)においても災害医療の一つとして大きく取り上げられております。爆傷は1940年台からその特徴が示され研究が始まっていました。
 爆傷はいくつかの分類方法がありますが主に3つ(第一次?第三次)に分けられます。
 第一次爆傷は肺・腸管・鼓膜といった空気を含有する臓器および脳に障害をもたらします。第二次爆傷は爆発によって飛散する物体が体に衝突する事によって生じる損傷です。第三次爆傷は体が爆発によって体が吹き飛ばされる事により生じる外傷です。我々はこれらの中でも爆傷に特徴的な第一次爆傷に関する研究を行ってきました。
 第一次爆傷は肺・腸管・鼓膜といった含気のある臓器に損傷を与えると同時に呼吸や循環に対して無呼吸・血圧の低下・徐脈の三徴候を示す事が古くから知られていました。この爆傷を再現するため圧縮空気を利用した衝撃波作成装置を用いて、胸部へ衝撃波が作用する事によって三徴候が生じること、さらに迷走神経を介した反射で生じる事を示してきました。  第一次爆傷での三徴候のメカニズムの解明および治療法を開発するため、この第一次爆傷に与える様々な薬剤の影響に関して検討を行いました。徐脈に対してはアトロピンが有効であり、コリンエステラーゼ阻害薬であるピリドスチグミンは徐脈を悪化させ、モルヒネは無呼吸時間を延長させました。これら3つの薬品は兵士が戦場で使用する可能性のある薬品であり、第一次爆傷での三徴候に何らかの影響を与える可能性が示唆されました。
 また、肺に存在する神経繊維終末にあるセロトニンレセプター(5HT3レセプター)を刺激すると、興味深い事に上記三徴候(無呼吸・血圧の低下・徐脈)が生じます。これはすでに知られていた反射なのですが、この反射が第一次爆傷の三徴候を生じさせるとの仮説に基づき実験を続けました。このレセプター(肺のJレセプター)阻害薬であるオンダンセトロンは爆傷による三徴候に影響を与えませんでした。また、血圧の低下は肺のJレセプター刺激に起因する交感神経の緊張の減弱と予想されましたが、交感神経の影響を取り除くグアネチジンを実験前に投与しても爆傷による血圧の低下が生じました。
 呼吸に関しては、中枢性の呼吸刺激薬であるドキサプラム投与によって第一次爆傷の無呼吸時間は短縮し、酸素化が改善する事が示されました。
 このような薬剤投与実験の結果から、第一次爆傷による三徴候は迷走神経を介した反射であることは明らかなのですが、既知の反射経路では説明が困難であること、ドキサプラムは治療に役立つ可能性がある事が示されました。第一次爆傷への治療法の開発として期待されます。

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